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大阪高等裁判所 昭和60年(う)973号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鈴木康隆作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴趣意に対する判断)

論旨は、(一)被告人は、原判示日時場所において、被害者衣川巧に対し、折りたたみ式ナイフを示すなどして同人を脅迫した事実は全くないし、(二)かりに、右脅迫行為をしたものが被告人であつたとしても、右は被害者の反抗を抑圧するに足りるものではなかつたというべきであるから、被告人については、いずれにしても(準)強盗罪の成立する余地はない。従つて、被告人の原判示脅迫行為を認定したうえ、これを準強盗罪に問擬した原判決は、これらの点において事実を誤認したものである、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、原認定の事実のうち、原判示日時ころ、原判示ゲームスタジオ「シグナル」に被告人及び金政明が赴き、同店内に設置されたゲーム機から現金約二万円在中の料金箱一個を取り外したうえ、両名のうちいずれか一名がこれを店外に持ち出し、他の一名が、同店従業員衣川巧に見とがめられて誰何されそうになるや、同人に対し、所携の折りたたみ式ナイフを示し「しやべつたらぶつ殺すぞ。」と脅迫して逃走したとの点は、きわめて明らかである。

ところで、犯人に脅迫されたという衣川巧は、原審証人として、「当時、休けい中でゲームをしていると、料金箱を抜きとつて、お金のジャラジャラという音がして振り返つたら、二人組がいた。立つて止めにいこうとして立ち上ると、一人が黒い布袋に入れた箱を持つて逃げ、もう一人が、私が立上るのと同時に近付いてきて、一メートル位の距離で、刃渡り一〇センチないし一五センチ位と思われる登山ナイフを胸元から出し、刃を出さないまま、『しやべつたらぶつ殺すぞ。』というので、手を前後に動かしわかつたという合図をした。犯人は、黒つぽいジャンバーに黒つぽいズボン姿で、左目の下に一センチ強ぐらいの傷あとがあり、サングラス(上半分が濃くて下の方が次第に透明になつているもの)をしていた。あとで、犯人が遺留したポシェット内にあつた免許証の写真を見て、この人だと思つた。逃げた男の顔は見ていないが、ベージュ系統又は白つぽい服装だつた。」旨明確な供述をしており、他方原審証人金政明の原審供述の要旨は、「本件当日、自宅に被告人から電話がかかつてきて、『デキシー』というゲーム屋で待合せをしてから、『シグナル』に二人で入つてゲームをしたが、料金箱に金がつまつているのを音で確認したあと、目で合図をして席を代り、被告人が、持つていた合鍵で料金箱を外したので、私がこれを持つて外へ出、タクシーで家に帰つた。黒つぽい服も白つぽい服も持つているが、ほとんど毎日着替えるので、当日の服装は覚えていない。」というもので、その内容は、大筋において、前記衣川供述に符号している。これに対し、被告人は、逮捕直後の取調べにおいては、右犯行への関与を完全に否認したが、その後の取調べにおいては、料金箱の窃取の事実のみを認め、衣川に対する脅迫行為を否認する供述をし、原審及び当審各公判廷においても、右供述を基本的に維持している。被告人によれば、「本件当日、中学時代の同級生であつた政明が、当時居候をしていた宋佳代子方に訪ねて来たので、二人で外出し、『デキシー』で三、四〇分遊んだあと、『シグナル』に入つた。二人でゲーム機をはさんで坐り遊んでいると、政明がガチャガチャ音をさせ、『何か袋、包むものないか。』『背広でも脱げや。』というので、当時着用していた三つ揃いの背広の上着を脱いで足下に広げると、政明が料金箱を引き出して背広の中央に置いた。そこで、私は、箱を背広で包んで両手に抱えて店外の廊下へ出、非常階段の踊り場で箱の中の百円硬貨をズボンの左右ポケットに入れたあと、再び箱を背広に包んで店内に戻ると、政明がいなかつたので、『ヤバイことがあつたのか。』と思つて、箱を持つたままあわてて店外へ出、タクシーを拾つて宋方へ帰つた。数えてみると、百円硬貨で二万二〜三〇〇〇円あつた。」というのである。しかして、右各供述のうち、衣川の被害状況に関する供述は、詳細かつ具体的で不自然なところがなく、至近距離で犯人と対峙した同人が「昔剣道をやつていたので相手の目を見た。犯人は被告人に間違いない。」と断言する部分とあいまち、犯人の顔の特徴等を的確に観察したうえでの犯人識別に関する供述部分に、かなり高度の信用性を付与するものと考えられ、右の点に、自分が料金箱を持つて先に店外に出たとする政明供述が被害状況に関する衣川供述と基本的に符号していること、更には、被告人の供述には、いつたん料金箱を店外に持ち出しながら、犯行発覚の危険をもかえりみず、わざわざ空の料金箱を店内に運び込もうとしたという点や、免許証や外国人登録証明書の在中するきわめて大事なポシェットを、特段あわてるような状況ではなかつたにもかかわらず、店内に置いたまま料金箱を抱えて店外に出たとする点などにおいて、常識上やや理解しにくい点があること(右後者の点につき、被告人は、当審公判廷において、もう一度店内に戻つてくる予定であつたから、ポシェットを置いたまま店外に出たのである旨弁明するが、犯罪遂行中であつた被告人が、不測の事態の発生を全く危ぐしなかつたとは考えられないから、被告人が供述するような状況で料金箱を持ち出したのであれば、犯人特定のためのきわめて有力な資料となるポシェットを同時に持ち出さなかつたというのは、やや不合理であり、右ポシェット遺留の件は、衣川に見とがめられて誰何されそうになるという予定外の緊急事態が発生した結果であると考える方が、常識に合致する。)などを総合考察すれば、被告人の弁解を排斥し、衣川、政明両供述に依拠して脅迫の実行行為者を被告人であると認定した原判決の認定は、原審段階において取り調べられた証拠のみによつても、これを肯認できないことはない。

しかし、いうまでもないことながら、刑事裁判における事実の認定、とりわけ犯行と被告人の結びつきの認定は厳格になされなければならないのであつて、とくに被告人が強盗の手段たる脅迫の実行行為を完全に否認している本件事案において、この点に関する認定が、夜間のゲームスタジオ内における、初対面の被害者による比較的短時間の目撃供述、及び、えてして責任を他へ転嫁したがる傾向のある共犯者の供述に依拠せざるをえず、決め手となる物証も見当らないことなどにもかんがみ、万一の観察のあやまりや意識的な虚偽供述の介在する余地がないかどうかについて、慎重・入念な検討がなされるべきである。そこで、右のような観点から本件の証拠関係を再検討してみると、原審段階において取り調べられた証拠については、所論も指摘するように、次のようなやや微妙な疑問ないし問題点のあることが看取される。すなわち、

1  犯人特定の最大の根拠とされた衣川供述中犯人の「左目の下の傷あと」に関する部分は、同人が犯人と対峙した際の観察の結果に基づくものであるということになる筈であるが、法廷内で観察する限りその傷あとは、よく注意して見ないとわからない程度のものであるから、右の点は、同人が被害後何らかの機会に犯人の顔の特徴を知つたのにあたかも被害時の観察に基づくもののように供述していると疑われる余地はないか。右のような疑問を解消するためには、被告人が現場に遺留したポシェット内にあつた運転免許証の写真のうつり具合い(ちなみに、所論は、右免許証の写真には、傷あとが鮮明にうつつていると主張している。)を現実に観察し、また、店内の照明の状況及び犯人の特徴に関する右衣川供述のなされた時期と被告人の逮捕・面通しとの時間的前後関係などを明らかにする必要があると思われるが、原審段階においては、これらの点の審理がなされていない。

2  被告人は、「当日は、三つ揃いの背広(紺色地に白と赤緑色のチェックの入つたもの)を着ていた。」旨、衣川供述と明らかに抵触する供述をしているところ、共犯者政明は、被告人の服装についてはもちろん、自己の服装についても明確な記憶を有しておらず、また、当日、被告人に頼まれて、犯行後被告人とともに車で「シグナル」に赴き、店内に遺留したポシェットを取り戻そうとした金龍中は、被告人の当日の服装について、「検事から聞かれた時ははつきりした記憶はなかつたが、被告人から当日の服装を思い出してくれという手紙をもらい、家内に聞いたら、『背広やつたと思う。』といわれ、よう思い出したら、背広を着ていた。」旨右被告人の供述に副う供述をし、宋佳代子の供述中にも被告人の供述に副う部分がある。

3  被告人は、料金箱を背広で包んで宋方に持ち帰つた旨弁解しているところ、被告人が当日料金箱を抱えて宋方に戻つてきて、引続き同所で硬貨を数えたうえ、五〇〇〇円づつガムテープで包んだりしたことについては、居合わせた金龍中及び宋佳代子の両名が被告人の供述に副う供述をしており、右料金箱が後刻右宋方から発見押収されていることからみて、疑いの余地はないと考えられる。他方、政明は、右の点につき、「料金箱を家に持ち帰つて一寸すると、被告人から電話があつたので、両替えしようとして、料金箱を持つてタクシーで今里新地の『太陽』というパチンコ屋へ行き被告人と会つたが、そのままパチンコ屋へ入るのは具合い悪いから、向いの宋佳代子方で両替えするということで被告人に渡し、被告人がこれを持つて宋方に行つた。」と供述しているので、被告人が料金箱を持つて宋方に現われたこと自体は右政明供述とも矛盾しないが、同人が、いつたん自宅に帰りながら、何故に箱から硬貨を出さず、箱ごと「太陽」へ持参したのかについては、必ずしも合理的な説明がなされていない。また、これらの弁解ないし供述の合理性の判断に関係があると思われる料金箱の正確な大きさは、記録上明らかにされていない。

これらの証拠上の問題点は、それだけでは直ちに衣川・政明両供述の信用性に重大な疑問を提起するものであるとまではいえないにしても、これらの点を手がかりとしてさらに審理を遂げれば、脅迫の実行行為者と被告人との同一性につき合理的な疑いを生ずる可能性へ連なりうるものであり、その意味において、原審の審理にいささか物足りない点のあることは、これを否定することができない。したがつて、本件については、当審において事実の取調べに入ることなく、直ちに原判決を破棄して事件を原審に差し戻し、改めてこれらの疑問点につき詳細な審理を尽くさせることも考えられないわけではなかつたが、原審が、当事者双方から申請のあつた証拠をすべて取り調べており、被告人・弁護人からこれ以上の証拠申請もなかつたこと等をも総合勘案すると、これをもつて、原判決に破棄理由たる審理不尽の違法があると断ずるには、やや躊躇させるものがあるうえ、被告人の身柄拘束期間(間もなく満一年に達する。)や控訴審にも求められる迅速裁判の要請等をも考慮した結果、当裁判所としては、当審においてできる限り前記疑問点の解明に努め、差戻しにより予想される審理の長期化を防止するのが妥当な措置であるとの見解のもとに、検察官・弁護人双方に立証を促すなどし、真相の発見に努力した。

しかして、当審において取り調べたおもな証拠は、次のとおりであり、そのうえで、詳細な被告人質問も実施された。

1  衣川巧の司法警察員に対する昭和六〇年一月四日付供述調書抄本

2  被告人が現場に遺留した自動車運転免許証

3  証人北川貞三及び同人の証言によつて作成の真正が立証された司法警察員作成の昭和六〇年五月二〇日付実況見分調書

4  ゲーム機料金箱の任意提出書、領置調書、還付請書及び盗難被害品確認書

5  証人水本光美

これらの証拠を取り調べた結果、(1)被害者衣川は、本件被害当日に行われた司法警察員の取調べの段階から、犯人のサングラス、顔の傷あとの点を含め、公判段階におけるのとほぼ同旨の被害状況を明確に供述していること、(2)被告人の顔面左頬骨の下には、二センチメートル足らずの斜めの傷あとが存するが、政明の顔面にはかかる傷あとは存せず(被告人の当審供述参照)、かつ、現場に遺留された運転免許証の写真から、被告人の右傷あとを発見することは不可能と思われ、この点に関する所論の指摘は、明らかに事実に反すること(なお、右運転免許証は事件後被告人に還付されていて、当審公判廷には、裁判所の示唆に基づき弁護人から提出されたものであるところ、所論が、右免許証を一見すれば明らかと思われる傷あとのうつり具合いにつき、何故に前記のような事実と異なる主張をしているのかは、結局明らかでない。)、(3)警察官は、昭和六〇年四月二四日に被告人が逮捕されたのちにおいて、その顔面の傷あとが普段あまり目立たないことから、右傷あとに関する衣川の供述の真否を確かめるため、同年五月一六日午後一時から「シグナル」店内において実況見分をしたところ、同人の説明した位置に被告人を立たせると、頭上の照明の関係からか、右傷あとがはつきり確認することができるという結果が得られたが、右現場には自然光が全く射入しない構造になつていることからみて、右実況見分時と犯行当時とで、被害者の目撃条件にちがいがあるとは認められないこと、(4)本件料金箱の大きさは、縦一六センチ、横一三センチ、奥行き二三センチメートルであることなどの諸点が明らかとなつた。

当審の証拠調べで明らかとなつた右各事実関係等によると、衣川の犯人識別供述に関する前記1の疑問は、ほぼ完全に解消したと考えられる。すなわち、衣川は、本件被害の直後で被告人の逮捕のはるか以前から、犯人の顔の傷あとという特徴を挙げて犯人像を明確に供述し、遺留免許証の写真からは右傷あとを確認することが不可能であつたにもかかわらず、右免許証の人物と犯人との同一性を断定していたものであり、しかも、後刻逮捕された被告人の顔面には、ほぼ同人の指摘した位置に存するほぼ指摘の大きさに近い傷あとという、他の共犯者にはない特徴が認められること、及び右傷あとは、被害現場の照明によつて十分視認可能であることなどが、いずれも証拠上確認されたのであり、そうであるとすると、この点に関する衣川供述には、いわば、自白の信用性の判断における秘密の暴露にも相当する、その信用性を高度に担保する客観的証拠が存するものといわなければならず、前記2、3を含む所論指摘の証拠上の問題点は、いずれにしても、被告人を脅迫の実行行為者とする認定に合理的な疑いを惹起させるものではありえないと考えられる。

もつとも、被告人は、当審公判廷において以上の諸点が明らかにされたのちにおいても、あくまで脅迫の実行行為を否認する従前の供述を維持し、当審証人水本光美は、当日の被告人の服装について、被告人の捜査段階以来の供述及びこれに副う原審証人金龍中及び同宋佳代子の各供述と符号する具体的な供述をした。これらの者によつて供述された当日の被告人の服装は、衣川の供述する犯人のそれとは明らかに異なるものであるから、この点が、衣川の犯人識別供述の信用性に影響しないかどうかについては、若干の検討を要すると思われる。しかし、まず、右被告人らの供述が真実であると仮定すると、衣川が目撃した犯人二名のうち少なくとも一名は、三つ揃いの背広を着ていなければならない筈であるのに、同人は、犯人は二名ともジャンバー姿であつたと供述しているのであつて、犯人の服装に関する同人の観察・記憶には誤りがあることになるが、同人が犯人の他の一名を背広姿であつたと供述しているものではない以上、右服装の点に関する同人の記憶に誤りがあるからといつて、脅迫の実行行為者の顔の特徴を的確に指摘して被告人を犯人として識別した衣川が、犯人を取りちがえて供述している疑いがあるとはいえない。ひるがえつて考えると、宋佳代子の供述中には、被告人が犯行当日自宅へ服を着替えに行つたとする部分があることは、原判決も指摘するとおりであり、当審水本証人の被告人の服装に関する記憶の根拠は、「初対面以来ずつと背広だつたから」というものであり、同女が初対面以来の印象に引きずられて、当日の被告人の着衣の変更を失念している疑いもないとはいえず、また、検察官も指摘するとおり、犯行後被告人が被害者に姿を見られていることを意識して、自宅で着衣を変えた可能性も否定することができない。このように考えてくると、当日の被告人の着衣に関する被告人及び水本らの各供述の故に、この点に関する衣川供述を誤りであると断ずることもできないのであつて、結局、当審水本供述等は、いずれにしても、衣川の犯人識別供述の信用性に影響を及ぼすものではない。

次に、前記問題点3の指摘する政明が帰宅後料金箱を箱ごと持ち出した点については、本件料金箱が前記(4)に記載した程度のものであるとすれば、箱ごと持ち歩くことが格別不自然であるともいえないうえ、衣川の目撃供述にあるように、政明らが予め袋を用意して現場に臨み、袋に入れてこれを店外に持ち出したものであるとすれば(本件のようなきわめて手慣れた手口の窃盗を実行しようと意図した犯人については、料金箱を入れる袋を事前に準備していたと考える方が、手ぶらで現場に臨み、料金箱を外してしまつてから、背広を脱げなどと犯人間でやりとりしたと考えるより、はるかに自然である。)、政明が自宅からパチンコ屋へ袋のまま持ち運ぶようなことも、いつそうありそうなことと思われる。

以上のとおり、当裁判所は、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して慎重に検討してみたが、脅迫の実行行為者を被告人であるとする原判決の認定は、当審としてもこれを肯認しうるとの結論に達したものである。

(二) 脅迫の程度を争う所論について

しかし、折りたたみ式ナイフの刃を開かなかつたとはいえ、刃渡り一〇ないし一五センチメートルと思われる大型のナイフを示しながら、「しやべつたらぶつ殺すぞ。」と脅迫する行為は、普通人の反抗を抑圧するに十分なものと認められ、現に衣川も、「緊張して、しやべれる状態でないほど怖かつた。」旨供述していて、右供述の信用性を疑わせる事情は見当らない。従つて、被告人の衣川に対する脅迫行為が準強盗罪の構成要件に該当するものであるとして、準強盗罪の既遂の成立を認めた原判決に、所論のような誤りは存しない。

論旨は、理由がない。

(職権による判断)

本件は、被告人が外一名と共謀のうえ、合い鍵を使用してゲーム機の料金箱を取り外してこれを窃取し、従業員に誰何されそうになるや、折りたたみ式ナイフを示して前記のような脅迫文言を申し向け、逮捕を免れたという準強盗の事案であつて、その手口・態様は悪質であり、被告人が、暴行、傷害の罰金前科各一犯、覚せい剤取締法違反等による懲役刑の前科二犯(一回目の執行猶予は、二回目の実刑判決の確定により取消)、及び窃盗、恐喝による少年院送致の前歴一回を有し、本件当時も正業についていなかつたことなどに照らすと、被告人に対する原判決の量刑(懲役三年六月)は、あながち首肯できないことはないようにも思われるが、それが「強盗ヲ以テ論」ずることとされているとはいえ、あくまで準(事後)強盗に止まり、刑法二三六条の予想する典型的な強盗とはいささか犯罪類型を異にし、可罰性の程度にも若干のちがいがあるといわなければならないことのほか、本件における被告人の脅迫行為は、刃を出していない折りたたみ式ナイフを示して、「しやべつたらぶつ殺すぞ。」と言つたというものであり、それが事後強盗罪の構成要件を充足するものではあつても、右構成要件の予想する行為としては下限に近く、恐喝罪ないし単純脅迫罪の構成要件の予想するそれと境を接する程度のものと認められることなどを考慮すると、酌量減軽を施したうえとはいえ、被告人を懲役三年六月に処した原判決の量刑は重きに失し、破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に則り、当審において直ちに、次のとおり自判する。

原判決が認定した事実に原判決が適用した法条を適用して酌量減軽を施した刑期の範囲内で、前記のような被告人に有利な情状のほか、被告人の実姉において被害者に対し金二万円の被害弁償をしたとの原判決後の情状をも考慮して、被告人を懲役二年六月に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、原審及び当審における訴訟費用の負担免除につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松井 薫 裁判官村上保之助 裁判官木谷 明)

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